株式会社イールドインテリアプロダクツ
代表取締役 渋谷 竜司
「産みの苦しみ」
こそ創造の原動力
ELDが描く
次の地平
手間の中に、デザインの本質がある。
株式会社イールドインテリアプロダクツ(ELD)は、内装設計・施工、オリジナル家具の製造販売、ショールーム兼セレクトショップの運営を通じて、"心地よい暮らし"を形にしてきた設計集団だ。2002年のスタートから、空間デザインを通じて実績を積み上げ、岡山から全国へとその名を広げてきた。現場ごとに最適な家具を設計・製作し、それを自社のプロダクトへと昇華させる。
手間を惜しまない姿勢が、ELDの美学だ。
実績を積み重ねる一方で、代表取締役・渋谷竜司氏は"つくる"ことの先にある"暮らす"というテーマへと向き合うようになった。家具、食器、衣類…衣食住をひとつの空間で提案する。感性と技術が同居する"リアリティ"を、暮らしの中でどう美しく見せるか。
「産みの苦しみ」それが、渋谷氏のものづくりを支える原動力だ。面倒で、苦しくて、それでも一番面白い。個人で完結するより、仲間と議論を重ねながら形を生み出す。その"面倒くささ"の中に、ELDの熱がある。
そして今、渋谷氏の視線は次の20年へ。素材とデザインの力を掛け合わせ、自分たちのマスターピースを追い求める。
2025.09より参加株式会社イールドインテリアプロダクツ 代表取締役 渋谷 竜司 様
- 氏名
- 代表取締役 渋谷 竜司
- 会社名
- 株式会社イールドインテリアプロダクツ
- 出生年
- 1976年
- 座右の銘
- 有言実行
- 略歴
-
- 1996年 科学技術専門学校卒業
- 1996年 (株)案山子屋に入社
- 2002年 ELDを設立
- 2011年 オカヤマアワード2011大賞を受賞
デザインと暮らしをつなぐ 衣食住を束ねる設計集団
木と鉄、コンクリート、ファブリック。異なる素材が呼応する空間に、家具や雑貨、食器が穏やかに溶け込む。そんな「心地よさのかたち」を、空間から家具、日常のアイテムにまで落とし込むのが、株式会社イールドインテリアプロダクツ(ELD)だ。内装設計から家具製造、そして衣食住をトータルで提案するショップ運営まで 。ELDは、デザインと暮らしを地続きのものとして提案し続けている。
同社の事業は三つの柱で成り立つ。店舗や住宅の内装設計・施工、オリジナル家具の製造・販売、そして岡山と東京に構えるショールーム兼セレクトショップの運営だ。この三つが有機的に結びつくことで、ELDは“心地よい暮らし”を具体的な形として提示してきた。
創業は2002年。代表取締役・渋谷竜司氏が26歳のとき、二人で始めた小さな会社だった。創業から24年、現在では正社員32名、アルバイトを含め約46名が働く組織へと成長し、手掛けてきた物件は全国各地にとどまらず、海外にも広がっている。
ELDの特徴は、プロジェクトごとにオリジナル家具を生み出してきたことにある。クライアントの依頼に合わせ、その空間にふさわしい家具を設計し、製作する。そうして生まれた家具を自社の商品ラインナップに加えていく 。手間はかかるが、質を優先するこの手法によって、ELDのコレクションは着実に広がってきた。
すべての製作工程は自社工場で完結する。1階は木工工場、2階には縫製工場とストックルームがあり、「座面を数ミリずらそう」「脚をもう少し低く」 毎日飛び交う意見をもとに試作を繰り返し、ようやく完成にたどり着く。チームとしての地道な作業の積み重ねが、ELDのプロダクトに一貫した美意識を宿らせている。
そして、ものづくりの現場と地続きにあるのが、ショールーム兼セレクトショップだ。オリジナル家具を中心に、国内外からセレクトした雑貨や衣類、食器が並ぶ。家具と植物の配置、食器の色合わせ ディスプレイ全体が“暮らしの提案”として構成されており、訪れた人は実際に手を触れ、体感し、選ぶ。そんなリアルな距離感が、ELDの提案する“デザインと暮らしの交差”を形づくっている。
“感性豊かでありながら普遍性を持ち合わせたプロダクト” その思想を掲げ、ELDは流行に左右されず、感性と実用の間にある普遍の美を追い求めてきた。その姿勢こそが、ELDのものづくりを貫く思想である。

30万円のスタートライン ELDの原点
「普遍性のあるデザインを、日々の暮らしの中に」
そんなELDの哲学は、最初から明確に言葉になっていたわけではない。
その始まりは、たった30万円の挑戦だった。
渋谷氏が会社員を辞めたのは26歳のとき。5年間勤めたのは、設計事務所や無印良品のフランチャイズ設計、家具製造、アパレルなど多様な事業を展開する会社で、その建築部門を担当していた。建築やデザインの現場を幅広く経験できる環境ではあったが、当時は不景気の真っ只中。請け負う仕事は、無理をして受注し、赤字で納めるような状況が続いていた。
「こんなことを続けて、何になるんだろう」
そう感じた渋谷氏は、会社の中でオリジナル家具の企画を提案し始めた。既存の延長線ではなく、自分たちの手で新しい価値を生み出したい 。何度も提案を重ね、ようやく上司が根負けする。
「よく分からんけど、予算30万円だけ出すわ。まあ、やってみたら」
その言葉を受け、椅子、ソファ、テーブルを一から製作することに。外注を使う余裕はなく、自分たちで作るしかなかった。自分では結構器用だと思っていたのに、やってみると出来ないこともある。思い描いた形に仕上げるのは簡単ではなかったが、協力を得ながら試行錯誤を重ね、なんとか完成にこぎつけた。
しかし、売り先もプロモーションも何も考えていなかった。トラックに家具を積んで売り込みに行ったが、当然のように難航した。
それでも彼は確信した。「これがやりたい」。このまま会社に残っても先は見えない 独立を決意した。
当時、渋谷氏の心を掴んでいたのは、1990年代後半から2000年代前半にかけて若者を熱狂させた「裏原系」。原宿の裏通りから生まれたストリートのエネルギー。NOWHEREやA BATHING APEなど、アンダーグラウンドで洗練された世界観に強く惹かれた。
「APEの店舗とか、無茶苦茶カッコよくて衝撃だった」
インテリアデザイナー片山正通が手がけたA BATHING APEの店舗デザイン。服も店舗も家具も全部カッコイイ。そのトータルな世界観に、渋谷氏は「やっぱ、これだろ!」と確信した。自分でデザインした家具を作って、ロゴも空間もデザインする。そうした“すべてを一貫して手がけるスタイル”に惹かれた。
独立に際して声をかけたのは、かつての同僚である福武氏。会社員時代、渋谷氏は倉敷の古着屋の内装を無報酬で手がけ、夜な夜な作業を重ねて店を完成させた。そのとき手伝ってくれたのが福武氏だった。
「こいつとだったらできるな」その確信が背中を押した。
2002年、ELD INTERIOR PRODUCTSを設立。資金もツテもほとんどない、小さなスタートだったが、渋谷氏にとっては「本当にやりたいこと」を形にする第一歩だった。


飛躍の始まり ブームの波と出会いが導いた転機
独立後の拠点は、岡山市北区楢津にある資材置き場。家賃は月5万円で、水道も電気もない建物の横にスーパーハウスを設置し、そこを事務所にした。
工場の機械は、取引のあった会社の社長が破格の75万円で譲ってくれたという。今思えばありえない値段だが、その支援があったからこそ、スタートを切ることができた。
最初はまったく仕事がなかったが、ある日、転機が訪れる。
「タウン情報おかやま」が、若い二人が面白いことをしていると記事を掲載してくれたのだ。その記事を見たアパレルショップの店主から声がかかり、内装を依頼された。報酬として決して大きな額ではなかったが、その一件をきっかけに紹介から仕事が広がっていった。
ちょうどその頃、岡山にはカフェブームが到来していた。田町の⑤や問屋町のカフェなど、新しい店が次々と誕生。渋谷氏は多くの店舗設計を任され、街の風景の中に、少しずつELDのデザインが息づいていった。
ブームが変われば仕事も変わる。カフェから美容院へ、そして再びアパレルショップへ。その波の中で、ELDは着実に実績を積み重ねていった。
この時期、同社は独自の手法を取っていた。クライアントの依頼を受けるたび、その空間に合わせたオリジナル家具を設計・製作する。
「案件に合わせて家具や什器をオリジナルで作る。デザイン料とか一切なしで、ここでうちの商品を作っていこう」
手間はかかるが、そうして一つ、また一つと商品が増えていった。現場から生まれた家具が商品となり、やがてELDのコレクションを形づくっていったのだ。
こうして築かれた実績が、思いがけない出会いを生む。
岡山の若手クリエイターを発掘・支援するために設立された「オカヤマアワード」。地域の起業家やデザイナー、アーティストを顕彰するこの賞で、渋谷氏は「オカヤマアワード2011」にて大賞を受賞した。この出来事が、ELDのもう一つの大きな転機となる。
同アワードを主宰していたのが、元ストライプインターナショナル代表(現・公益財団法人石川文化振興財団 理事長)の石川康晴氏だった。
石川氏は、岡山の若手クリエイターの活動を応援する取り組みを数多く行っており、受賞後まもなく、渋谷氏の元を訪れた。
「石川さんが、なぜか山の上の事務所まで来てくれた」
この出会いをきっかけに、ストライプインターナショナルの店舗デザインを任されることになる。
以降の10年間で、全国各地や海外の店舗を手がけ、ELDの名は広く知られるようになった。
それと同列に、同社のショールーム兼ショップの“あり方”も変化していく。






衣食住をつなぐ哲学
“つくる”ことの先にあるのは、“暮らす”こと。
家具や空間を設計していくうちに、渋谷氏は「人の暮らしをどうデザインするか」という問いに行き着いた。
楢津の山の中にショールームをつくり、家具だけを並べた。だが、その空間にはリアリティがなく、暮らしの気配が感じられなかったという。
「家具だけ置いても、生活の風景が見えない。皿の一枚でも置かないと、なんか違うなって思って」 そこから始めたのが、器の取り扱いだった。
ただ、当時の渋谷氏は、いわゆる”作家もの”に少し距離を置いていた。 「今はそんなことないんだけど、当時は興味がなかった。感性だけで作られたものよりも、計画し、設計し、図面に落とし込んで、寸分の狂いなく仕上げる そういう技術に裏打ちされたプロダクトの方が、圧倒的にかっこいいと思っていた」。
そんな中で出会ったのが、白山陶器の森正洋デザインだった。量産品でありながら美しく、斬新でいて生活の中に自然に馴染む形。
「これこそプロダクトだ」と感じた渋谷氏は、そのシリーズを中心に扱い始めた。
そして、年月を重ねるうちに考え方は変化していく。
「民芸も、作家の器も、ぜんぶ混ざってていい。暮らしの中では、その“ごちゃまぜ感”が一番リアルだから。あと、どんなカテゴリでも良いものは良いと捉えられるようになった。それが何故良いか、どこに惹かれたのか、自らに問い、吸収して、発想に変えることも楽しい」。
そうして、ELDのショールームには少しずつ“暮らし”が加わっていった。
「結局、衣食住をトータルで提案していくということが大事で。例えば住宅一つにしても、なんかかっこいい家を作りました、で終わるんじゃなくて、中でどんな生活ができるのか、想像できるような提案の方が絶対いいと思う」。
椅子に座って、ここでお酒を飲んで、その時に使うのはこんな食器で 。
そういうことが全部繋がったものを、訪れた人に見せていきたい。 ELDのショップは、モノを売る場所ではなく、「衣食住」を提案する場へと進化していったのだ。
個の熱を、組織の熱へ
“産みの苦しみ”が育むELDの力
ELDの進化の背景には、渋谷氏の揺るぎない信念がある。
「熱狂とは何か」 そう尋ねると、彼は言った。
「熱狂というか、『おもろい』と思うことは、やっぱ“産みの苦しみ”だな」
何かをつくる過程が、一番面白い。めんどくさいと思いながらも、腹をくくって向き合うと、少しずつ輪郭が整ってきて、「お、これだ」という瞬間が訪れる。
「そこからは肉付けみたいな段階になるけど、骨組みが見えた瞬間に“これだ”って思える。その感覚があるから、日々続けられる」。
面倒で、苦しくて、それでも一番好きなこと。
「でもみんな、そこを続けられない。学生や若者が、最初は“面白そう”と思って入ってきても、だんだんルーティーンになっていく。お客さんの仕事を優先するうちに、自己表現をする余裕がなくなる。そうして30歳くらいになると、角が取れてしまう。『よっしゃ、やったるで』を持続できる人って、ほんまに少ない」。
渋谷氏にとっての“熱狂”とは、何かを生み出すことへの執念だ。
では、その熱をどうやってチームに伝え、組織としての力に変えていくか。
ELDでは現在、正社員32名、アルバイトを含めて約46名のスタッフが働いている。
組織づくりで渋谷氏が重視しているのが「会議」だ。
「月に1回、全部の会議に出るんだけど、うちは会議が多くて」と笑う。
設計・施工管理・カフェ・商品開発・戦略、など その数は11。
単なる報告の場ではなく、「ELDらしさとは何か」「自分たちの付加価値はどこにあるか」を全員で議論する時間だ。
「俺が一方的に喋ってもしょうがない。だから、テーマを持ってみんなで話す。大事にしているのは、みんなのモチベーションを上げること。自分の言葉でそれぞれの想いを語ることだ」。
渋谷氏は、サラリーマン時代に150人規模の会社に勤めていた。社長と話す機会はほとんどなく、副社長の言葉にも心が動かなかったという。「夢も希望もない話ばっかり。金の話ばかりする大人を見て、『こんなふうにはなりたくない』と思った」。
だからこそ、ELDでは真逆のやり方を選んだ。社員が「夢と希望、充実感を持てるように」。そのために、時間をかけて話し、聞き、考える。
「手っ取り早いのは、組織でなく個人でやることだと思う。そのほうが早いし、濁らない。そういうやり方をしてる人を見ると、嫉妬もすることもあるし、かっこええなとは思うよ(笑)。でも、俺はイールドという名前で勝負したい」。
渋谷氏は“組織でやる”ことを選び続けている。
個人で完結しないものづくり。誰かと議論し、衝突し、共鳴しながら形を生み出す。
手間も時間もかかるが、そこにしか生まれない熱がある。
「組織って効率は悪い。でも、みんなで一つの方向を見て、“これやな”って思えた時の喜びは、やっぱり一人じゃ味わえない」。
渋谷氏の“産みの苦しみ”は、いまやELDというチーム全体の“創る力”へと受け継がれている。
個の熱が組織の熱を生み、その熱が次の創造を灯す。






次の20年へ 木とデザインで挑む、ELDの新しい地平
ELDは創業から24年を迎え、会社設立20周年という節目の年を前にしている。
「自分も来年50歳。この20年の総決算を一度したいと思ってる。デザインだけでなく、会社の理念やブランディングも見直したい」と渋谷氏は語る。
その中で新たに見据えるのが「木材を使ったプロダクト提案」だ。
「木材の価格は実際かなり高くなった。創業した時と全然違う」
世界的な伐採と環境の変化により、木材価格は高騰し続けている。一方で、日本は国土の7割が森林という森林大国だ。だが、林業は採算が取れないという理由で、多くの山林が放置されている。
「それを活用する時代が確実に来ると思う」。
だが、ビジネスに落とし込むのは容易ではない。長年、木材は安価な建材として扱われてきた。そのイメージを覆し、消費者に必要とされる商品を生み出すことが課題だ。
木を溶かして樹脂にするなど、新しい技術は生まれているが、最終的な「出口」 つまり消費者に届く“最終製品”として形にするのが難しい。
「これまでさまざまな領域に挑戦してきて、デザインとか企画力には長けていると自負している」。
技術を持つ企業とタイアップし、自分たちの強みと掛け合わせて商品化することを目指す。そのために、2025年から「資材活用会議」を定例化した。毎月、木材活用について話し合い、新しいプロダクトの可能性を探っている。
これまでELDでは、主に北米やロシアなどの外材を使ってきた。だが、世界情勢の変化により供給が不安定になり、出所が分からない木材も増えたという。「物が悪くなった」 だからこそ、国産材への注目が高まっている。北海道のミズナラをはじめ、日本の木材資源をもう一度見つめ直し、デザインの力で新しい価値を生み出す それが、ELDの次の挑戦だ。
渋谷氏の視線は次の20年へと向かっている。
ゼロから形を生む執念 マスターピースへの道
50歳という節目を前に、渋谷氏は問う。
「自分たちは、何をつくりたいのか」「ELDとは何なのか」。
この20年間、ELDはクライアントの要望に応えることで成長してきた。店舗デザイン、住宅設計、空間演出 依頼を受け、期待に応え、そこから生まれた家具が商品となり、コレクションを形づくっていった。
だが、これからは、それだけではない。 「自分たちの“マスターピース”を作りたい」
クライアントの要望ではなく、ELDの信念から生まれるもの。自分たちが「これだ」と思えるものを、ゼロから作る 。それが、次の20年の挑戦だ。
めんどくさくて、苦しい。でも、それが一番面白い。
ゼロから形を生む執念が、ELDを動かし続けている。














